ハートの知性で生きる

心のサスティナビリティを叶える暮らし方

余計なことや無駄なことや不要なことをしなくなったからこそ…。

inluce.hatenadiary.com

前回の続きのような感じです。

新学期が始まりました。
毎講義毎に、質問やら、感想やら…自由既述のシートを提出してもらっています。

「あれ? 私、教え方が上達したのかな?」と、ふと感じることが重なっています。
理由は、この自由既述シートに書かれている内容が、これまでとは少し異なっているからです。

「面白かった」「興味をもった」「難しかった」…などは例年どおりなのですが、それ以外の部分で、質的に向上しているのです。

その時間内に最も私が伝えようとしていることへの気づき…といった類いに関することに触れた既述が目立つようになりました。

で、ここまでならば、何と言うことはないのですが、「あれ? 私、教え方が上達したのかな?」と思った背景には、私自身は、その最も伝えようとしていることは名言していないのです。

教育(education)の語源は、「引き出す」の意をもつeducereとeducareという説がありますが、何というか、その「引き出し力」が、若干ではありますが、向上したような感覚を覚えているのです。


で、そんなこんなしていたら、今度は社会人クラスにご参加の方々から、「先生のように、人の良いところを見つけて引き出せるようになりたいと思っています」とのフィードバックが寄せられてきました。

嬉しいです。

それもこれも、余計なことや無駄なことや不要なことと同一化することなく、クリーンな態度で接するということが、備わってきたからこそかな〜と思っています。

educereのごとく、「引き出し力」を一層高めていきたいです。そうすることで、一人一人の異なる個性を、もっともっと開花させ、輝かせることに貢献できるだろうと思うからです。